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  6. 「赤穂さんぽ」 39回目は「赤穂八幡宮・大石良雄 御手植の櫨」です

「赤穂さんぽ」 39回目は「赤穂八幡宮・大石良雄 御手植の櫨」です

39回目は「赤穂八幡宮・大石良雄 御手植の櫨(はぜ)」です。

 

 

開城の後、大石内蔵助と家族が、京都の山科へ行くまで住んだ
「おせど」(伝 大石良雄仮寓地跡)の、すぐ隣にあります。

 

城下町から千種川を渡った、尾崎地区にある神社で、浅野家と
赤穂南部一帯の氏神、浅野家から30石を受けていたり、内匠頭が
本社を再建、秋祭りの神輿なども奉納しています。

 

内蔵助寄進の灯籠や絵馬、奥さん「りく」の化粧箱、義士の書
などが、たくさん伝えられている寺でもあります。

 

その拝殿右手にあるのが「大石良雄 御手植の櫨(はぜ)」で。

 

大石内蔵助良雄が元服の時、広島の浅野本家から取り寄せて、
今の千種川の堤に植えたもので、明治25年の大水害で堤を改築
する時、失われないよう有志がここに移植しました。

 

紅葉の時季が終わり、葉はほとんど散ってしまっていますが、
今はローソクの材料になる、ブドウの房みたいな実が、枝いっ
ぱいに、ぶら下がっています

 

「もっとおさんぽ」

 

・子守地蔵
   …今の赤穂大橋の東詰め、北側にあるお地蔵様です。

 

    昔は、この場所から城下町へ橋がかかっていたそうで、
    尾崎川(今の千種川)と熊見川を渡って、城下町の
    東の入り口、東惣門へ続いていました。

 

    子守地蔵は、当時橋の下が子供の遊び場になっていて、
    水死した子供の供養に建立されたそうです。

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