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  6. 「赤穂さんぽ」 34回目は「赤穂城跡・塩屋門跡」です

「赤穂さんぽ」 34回目は「赤穂城跡・塩屋門跡」です

34回目は「赤穂城跡・塩屋門跡」です。

 

 

赤穂城跡の西側にあるのが、裏門の「塩屋門跡」で、城内に車で
入って行く時に通るのが、この門です。

 

刃傷事件を知らせる早駕籠が通った門で、当時、悪い知らせを
持った使者は、表門の大手門を通れませんでした。

 

塩屋門は、高麗門と桝形から成り、桝形内には侍屋敷街に住む
藩士たちに登城の合図をする「太鼓櫓」があったそうです。

 

早駕籠が大石内蔵助の屋敷の門を叩いたのは、明け方の6時頃
だったそうで、大変な騒ぎだったんでしょうね。

 

刃傷事件と浅野内匠頭の切腹を知った内蔵助は、藩士に総登城を
命じて、1回目の「城中大評定」を行っています。

 

「もっとおさんぽ」

 

・二の丸門跡
   …塩屋門を通って真っすぐに進むと、本丸の手前、今は
    右側部分の石垣が復元されていますが、櫓門のみから
    成る二の丸門がありました。

 

・山鹿素行像
   …山鹿流の陣太鼓で名前が知られている人で、二の丸門跡の
    すぐ傍に銅像が建てられています。

 

    江戸時代の高名な儒学者・兵学者で、浅野家に仕えた時と、
    幕府の学問・朱子学を批判した罪で赤穂に流された時の、
    2回、赤穂に住んでいました。

 

    その時、多くの藩士たちが、素行の教えを受けたそうで、
    それが討入りの成功につながった、とも言われています。

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