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「赤穂さんぽ」 27回目は「坂越の路地」です

27回目は「坂越の路地」です。

 

 

坂越の町並みは、海と山の間に作られていて、
真ん中を通る「坂越大道」で、坂を越えた西の
千種川とつながっています。

 

この「坂越大道」沿いや、海から山へ向かって
何本も伸びた路地と路地が、複雑につながって
表通りとは違った独特な雰囲気になっています。

 

一度入り込むと、またそこから見える別の路地に
行きたくなって、ずっと歩いていたくなる様な。
ちょっと不思議な場所に迷い込んだ感じ?

 

「日本遺産」ストーリーのタイトル

 

「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間
         ~北前船寄港地・船主集落~」

 

を思い出しました。
何百年の歴史が積み重なってるんでしょうね。

 

「もっとおさんぽ」

 

・小倉御前の墓
   …旧坂越浦会所、隣の路地を入った奥に、8基ほど
    の五輪塔が並んでいます。

 

    南朝方の天皇の皇子、小倉御前の墓と伝わり、
    将軍家との争いで坂越へ逃れ、隠れ住んでいた
    小倉宮が、争いに負けた事を知って、坂越浦の
    御前岩から身を投げ、亡くなったのだそうです。
    

・児島高徳の墓
   …大避神社から坂を上った「船岡園」に児島高徳の
    墓と伝えられる五輪塔があります。

 

    南北朝時代頃の武将で、新田義貞とで足利尊氏と
    と戦って落馬、坂越の「妙見寺」で養生していた
    そうで、その後、各地で戦いますが、最後はこの
    坂越で過ごし、亡くなったそうです。

 

    「船岡園」の名前も、奈良県の吉野神宮内にある
    児島高徳を祀る「船岡神社」からだそうです。

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