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「赤穂さんぽ」 18回目は「息継ぎ井戸」です

18回目は「息継ぎ井戸」です。

 

 

江戸からの刃傷事件を知らせる早駕籠が、ここにあった井戸で
水を飲み、ひと息ついてから、赤穂城内の大石内蔵助の屋敷に
向かったといわれる井戸です。

 

約600kmの距離を、たった4日半で赤穂に到着していて、これは
当時としては驚異的なスピードだったそうですね。

 

早駕籠は、東の方から走ってきて、この井戸の辺りで南下、
花岳寺前の「お成り道」を通り、裏門の塩屋門から城内へ。

 

大石邸に着いた時、乗っていた2人は半死半生だったそうです。

 

「もっとおさんぽ」

 

・旧赤穂上水道
   …江戸時代、海水が湧き出すので井戸が掘れなかった
    赤穂城下に引かれていた上水道で、城内と城下町の
    1軒1軒に給水していました(日本三大上水道の一つ)。

    「息継ぎ井戸」も、旧赤穂上水の「汲み出し升」で、
    つるべではなく、柄の長いひしゃくで飲んでいたそう。

 

・旧上水道マンホール
   …赤穂の城下町、下を見ながら歩いていると「旧上水道」
    と入ったマンホールが見つかります。

    お城通りの歩道や、花岳寺周辺にもあるんですが、
    この下には、今も旧上水道の升や配管が残されて
    いるそうですよ。

 

・源八長屋
   …大石内蔵助宅跡の斜め向かいにあります。

    赤穂城の設計をした、近藤正純の息子、源八が住んで
    いた長屋の門で、数少ない江戸時代の建物です。

 

    ここで江戸時代当時の、旧赤穂上水道「汲み出し升」
    を見ることができます。

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