1. 忠臣蔵ウィーク2019
  2. >
  3. 忠臣蔵BLOG
  4. >
  5. 2019
  6. 「赤穂さんぽ」 2回目は「赤穂城跡 大手隅櫓」です

「赤穂さんぽ」 2回目は「赤穂城跡 大手隅櫓」です

2回目は「赤穂城跡 大手隅櫓」です。

 

 

「忠臣蔵」は江戸城は松の廊下で、吉良上野介義央の嫌がらせに我慢
できなくなった、浅野内匠頭長矩が切りつけるところから始まります。

 

ストーリーのメインは江戸や、開城後に大石内蔵助一家が移り住んだ、
京都の山科ですが、「赤穂」での忠臣蔵は、刃傷事件の知らせを持った
早駕籠が、城内の内蔵助の屋敷に駆けつけるシーンから始まります。

 

その舞台となったのがここ「赤穂城跡」で、その表門が「大手隅櫓」。
赤穂浅野家の初代藩主、長直が1648年から13年かけて完成しました。

 

赤穂城は城下町の南の端にあって、町の中心から、お城通りをしばらく
歩くと、大手隅櫓が見えてきます。

 

その頃は、ここが町の端っこで、城のすぐ南は瀬戸内海、東は大きな
熊見川に面していたので、水に囲まれている様に見えたんでしょうね。

 

当時の城下町「鳥瞰図」を「息継ぎ井戸」で見ることができます。
町割りは江戸時代とほとんど変わってないので、今の風景と江戸時代の
風景を、見比べてみると面白いですよ。

 

「もっとおさんぽ」

 

赤穂城跡内と城下町には「忠臣蔵」スポットが、たくさんあります。
  

・息継ぎ井戸…早駕籠が大石邸に向かう前、一息ついたという場所です

 

・花岳寺…浅野家の菩提寺で義士の墓や義士宝物館などがあります

 

・義士宅跡…赤穂城内4ヶ所、城下町17ヶ所あって標柱が立っています

 

・遠林寺跡…内蔵助が開城の残務処理をした寺の跡です
      (本堂が御崎の廣度寺(こうどじ)に移築されています)

 

・城下町…今は住宅街になっている所が多いですが、ちょっと中の道に
     入ると、今でも城下町らしい雰囲気が残っています

 

・その他…ちょっと歩きますが「息継ぎ井戸」から東に25分ほどで、
     内蔵助一家が開城の後住んでいた「おせど」があります。

PAGETOP