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忠臣蔵BLOG「唐船山 」

 

「忠臣蔵BLOG」5回目は「唐船山 」です。

 

標高19mの、兵庫県で一番低い山がここ。

 

唐の船が嵐で沈没し、土砂が積もって今の姿になった話があって。
頂上で地面を踏みしめると、空洞があるみたいな不思議な音がします。

 

ここから見えるのが「東浜塩田」の一部を埋め立てて造られた
赤穂海浜公園で「塩の国」には、昔の塩田が復元されています。

 

右端の建物がある所は、赤穂御崎の旅館街で、大石内蔵助が
山科に旅立った新浜港が、その辺りにあります。

 

「忠臣蔵・人物紹介」

 

今回は、吉良上野介義央です。行年62歳。

 

「忠臣蔵」のストーリーでは、とにかく浅野内匠頭長矩に、これでも
かってくらい意地悪をする役で有名ですね。
そりゃあ、これだけやれば斬りつけられるわ、みたいな。

 

その上野介ですが、若い頃は格好よくて、18歳の時に上杉家の四女、
富子と結婚して、二男三女がいたそうです。

 

領地だった、今の愛知県吉良町では「名君」として慕われていて。
確かに、残っている木像を見ると、穏やかな表情をしていますね。

 

刃傷事件の年(元禄14年)、上野介は、1月28日、京都に朝廷への
年賀の挨拶に行っています。

 

そのまま江戸に戻るのが遅れ、帰ってきたのは2月29日でした。
浅野内匠頭が上野介に斬りつけるのが3月14日で、約2週間前ですね。

 

この2週間が刃傷事件の引き金になるわけですが、内匠頭が言った
「この間の遺恨」とは、一体何だったんでしょうね。

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