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忠臣蔵BLOG「息継ぎ井戸」

 

「忠臣蔵BLOG」3回目は「息継ぎ井戸」です。

 

ここは、江戸から浅野内匠頭長矩と吉良上野介の、刃傷事件を報せる
ため、四日半走り続けた早駕籠が、この井戸で水を飲んで一息つき、
大石内蔵助の屋敷に駆けつけた…といわれている所です。

 

「忠臣蔵・人物紹介」

 

今回は、その第一の早駕籠に乗っていた2人。
早水藤左衛門と萱野三平です。

 

この2人の名前、赤穂に住んでいると「息継ぎ井戸」が町なかの目立つ
場所にあって「早駕籠が走って来て水を飲んだ」というエピソードが
印象的なので、なんとなく覚えてしまっています。

 

「萱野三平重実」行年28歳

 

「仮名手本忠臣蔵」の「お軽・勘平」のモデルになっている人です。
(実際とは全く違うようですが)

 

三平は第一の早駕籠の使者であり、復讐計画にも加わっていましたが、
兄や父から仕官をすすめられ、かと言って討入り計画を打ち明ける
事もできず、自ら命を絶ってしまいました。

 

その日は、元禄15年1月14日。
浅野内匠頭長矩の月命日でした。
「生きていれば必ず討入りに加わっていた」と言われる人です。

 

「早水藤左衛門満堯」行年40歳

 

もう一人の、第一の早駕籠の使者です。
赤穂藩で一番の弓の使い手で、討入りの時にも、屋敷から出て来る
敵を、弓で何人も倒して活躍しました。

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