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忠臣蔵BLOG「赤穂市立歴史博物館」

 

「忠臣蔵BLOG」37回目は「赤穂市立歴史博物館」です。

 

大石内蔵助が開城後、最後に名残を惜しみながら通ったという
清水門の外にあって、城内側から見ると5棟の米蔵に見えます。
(当時も米蔵が建っていたので、こんなデザインになってます)

 

この博物館の愛称は「塩と義士の館」。
赤穂市の歴史に欠かせない「赤穂の塩」「赤穂の城と城下町」
「赤穂義士」「旧赤穂上水道」の4つがテーマになっています。

 

展示の中で、特に好きなのが「赤穂城模型」ですね。
大石内蔵助の屋敷や、今はもう見られない本丸御殿、熊見川と
海に囲まれていた頃の赤穂城が再現されています。

 

「忠臣蔵・人物紹介」

 

今回は、間十次郎光興です。行年26歳

 

吉良上野介に、一番槍(やり)をつけた人です。

 

堀部安兵衛や奥田孫太夫と同じ、江戸一の剣客の道場に通い、
槍も学んだ、剣と槍の達人でした。

 

刃傷事件の時は、部屋住みでしたが、父親の喜兵衛と一緒に
大評定に参加、父子3人で討入っています。

 

討入ったのは、午前4時頃でしたが、1時間が経っても目指す
吉良は見つかりません。一同は焦り、諦めも見え始めました。

 

その時、十次郎は、台所の横にあった炭小屋から、かすかに
声が聞こえるのに気づき、戸を破ったところ、奥から物を投げ、
3人が斬りかかってきたので倒しました。

 

と、奥から老人が脇差を抜いて向かって来たので、十次郎が
槍で突き、武林唯七が太刀を打ち下ろしました。
(もう、この時には息が絶えていたそうです)

 

白小袖を着ているし、年から見ても「これは吉良上野介では
ないか?」家来に確かめさせたところ、間違いなく上野介。

 

合図の笛を吹いて一同を集め、大石内蔵助がとどめをさし、
こうして見事、主君の無念を晴らしたのでした。

 

そして、泉岳寺に引き揚げて、浅野内匠頭の墓前に上野介の
首を供え、その焼香も十次郎が一番目でした。

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