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忠臣蔵BLOG「義士の灯り 2018」

 

「忠臣蔵BLOG」36回目は「義士の灯り 2018」です。

 

忠臣蔵ウイーク始まりました!

 

夕方5時からJR播州赤穂駅2階の改札前と、5時20分から駅前広場で、
赤穂高校定時制や赤穂森の倶楽部さんたち、ボランティアの皆さん
が竹で作った光のオブジェの点灯式が行われました。

 

竹に灯りが点ると想像以上にキレイ、広場の木々や噴水もライト
アップされて、ゆっくり光が点滅したり、色が変化してました。
360度どこから見ても、幻想的な風景でしたよ。

 

ここ以外にも、花岳寺通商店街や、お城通りでも、竹あかりが
見られますよ。(時間は17時~22時までです)

 

「忠臣蔵・人物紹介」

 

今回は、冨森助右衛門正因です。行年34歳

 

24歳の時、今の高梁市、備中松山城の城主が死去して、お家が
断絶になり、城請け取りの大役が浅野内匠頭に命じられました。

 

それを、赤穂の大石内蔵助に知らせる事になった助右衛門は、
2週間以上かかる所わずか6日で着き、みんなを驚かせました。
これで助右衛門は、名を挙げたそうです。

 

これは、浅野家が緊急用に、宿場に前もってお金を払っていた
(刃傷事件の早駕籠も、4日半という驚きの速さで到着しました)

というのもありますが。

 

助右衛門が母親から「非常用に、常に20両は持っておくように」と

言われ、それを守っていたから時間の短縮ができたということです。

 

刃傷事件後は、江戸の浅野家藩邸の引き渡しに立ち会ってから
江戸に移り、急進派とは合わなかったので、別行動をしていまし

たが、内蔵助の第一回東下りの時に、義盟に加わりました。

 

そして、本懐を遂げて泉岳寺に引き揚げの途中、昨日紹介した
吉田忠左衛門と、幕府の大目付、仙石伯耆守に「討入り口上書」
を持って自首する役目を任されました。

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