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忠臣蔵BLOG「雪の千種川」

 

「忠臣蔵BLOG」34回目は「雪の千種川」です。

 

赤穂市内を流れる、千種川の雪景色です。

 

数年前の写真ですが、赤穂で雪が降るのは、あってもひと冬に
1回か2回なので、一面の銀世界になるのは、めずらしいです。

 

「討入り」も雪景色のイメージがありますが、実際に前の日は
雪で、積もった雪が有明の輝く月に照らされて、昼間のような
明るさの中を、義士たちは吉良邸に向かいました。

 

そして午前4時。大石内蔵助の合図で、表門と裏門に分かれて
討入り、この日12月14日は、浅野内匠頭の祥月命日でした。

 

「忠臣蔵・人物紹介」

 

今回は、赤埴源蔵重賢です。行年35歳

 

「赤垣源蔵徳利の別れ」で有名な人ですね。

 

「赤埴」は「あかばね」と読みます。
字が違いますが「埴」の崩し字が「垣」と似ているので書かれて
いる内に変わってしまったようです。

 

その「赤垣源蔵徳利の別れ」というのは。

 

源蔵は討入り当日、雪の中を、世話になった兄夫婦に今生の別れを
告げようと、徳利を提げて屋敷を訪ねますが、兄はまだ藩邸から
帰っていませんでした。

 

兄嫁は、またお金を無心しに来たと思い、仮病を使って会ってくれ
ません、仕方なく源蔵は、兄の紋付羽織を借りて衣桁にかけ、その
前に徳利を供えて泣きながら別れを言い、一人酒を飲んで帰って
いきました。

 

翌朝、赤穂義士が本懐を遂げたと聞き、見に行ったところ、行列の
中に源蔵の姿を見つけ、それを聞いた兄は、とても悔やみました。

 

「忠臣蔵」の名場面のひとつですが、講談などの創作のようで、
本当の源蔵は、ほとんど酒を飲めず、お兄さんもいなかったとか。

 

でも、妹婿の所に暇乞いに行った話しはあるんですよ。

 

討入りの3日前、正装をして家を訪ねますが、妹婿の父がその姿を
見て「赤穂の旧臣は討入りもせず腰抜けばかりだ」と、源蔵は謝り
「近々遠くへ行くので、お別れに参りました」と。
そこで酒を勧められ、この時だけは、2~3杯飲んで別れました。

 

そして数日後、吉良邸に討入りしたのを知って悔やんだそうです。

 

他の義士たちにも、それぞれこういう別れがあったんでしょうね。

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