1. 忠臣蔵ウィーク2018
  2. >
  3. 忠臣蔵BLOG
  4. >
  5. 2018
  6. 忠臣蔵BLOG「赤穂御埼灯台からの景色」

忠臣蔵BLOG「赤穂御埼灯台からの景色」

 

「忠臣蔵BLOG」23回目は「赤穂御埼灯台からの景色」です。

 

赤穂御埼灯台の裏手からは、こんな風景が見られます。

 

播州赤穂駅から赤穂城跡、南の工業地帯まで見渡せるので、
赤穂の中心市街地は、全部見えてますね。

 

手前が、御崎と尾崎の町で、左の方の緑に囲まれた所が
赤穂海浜公園です、江戸時代は、この一帯が全部、塩田
だったということですね。

 

少し見えている千種川の向こうが、赤穂の中心市街地で。
真ん中の赤穂高校の上、緑がある所が赤穂城跡です。

 

「忠臣蔵・人物紹介」

 

今回は、小野寺幸右衛門秀富。行年28歳

 

幸右衛門も、一族で討入りに参加しています。

 

お兄さんが大高源五、母親が小野寺十内のお姉さんで。
十内に子供がいなかったので、養子に入りました。

 

刃傷事件の時、まだ部屋住みだったので、十内は義盟に
加わるのを勧めませんでした、しかし61歳の父親が身を
投げ出す覚悟をしているのに!と自分から義盟に参加し
2人で赤穂に駆けつけました。

 

江戸へは、大石主税のお供の一人として向かい、その後、
十内が江戸に入ると一緒に住んでいます。

 

討入りでの幸右衛門の活躍は、十内が奥さんの丹に書いて
いた手紙に詳しく書かれています。

 

それによると、吉良邸の塀を越え、一番に突入したのは
兄の大高源五でしたが、戸を蹴破って一番に邸内に入った
のは幸右衛門で、向かってきた番人3人を倒したそうです。

 

有名なエピソードは、弓が並んでいるのを見つけ、とっさに
弓の弦(つる)を切り払って使えないようにした事ですね。

 

その機転を、同士やお預け先で褒められ、十内も嬉しかっ
たそうです。

PAGETOP