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忠臣蔵BLOG「赤穂海浜公園・塩の国」

 

「忠臣蔵BLOG」22回目は「赤穂海浜公園・塩の国」です。

赤穂は江戸時代から、刃傷事件の原因が塩だったんじゃないかと
いわれるほど「塩」で有名ですが、赤穂城から川を挟んだ対岸には
広大な東浜塩田が広がっていました。

 

東浜塩田は、今は住宅地になっていますが、その跡に造られた
赤穂海浜公園の、市立海洋科学館「塩の国」には、江戸時代の
入浜式塩田や、揚浜式、流下式塩田が復元されています。

 

入浜式塩田の頃の写真は、海浜公園の管理事務所にも展示されて
ますが、小学生の頃には埋め立てられて住宅地になっていたので、
向こうの山の方まで塩田だったというのは不思議な気がしますね。

 

「忠臣蔵・人物紹介」

 

今回は、杉野十平次次房。行年28歳

 

十平次の給料は少なかったんですが、母方の萩原家が裕福で、
家に大砲を二門、持っていました。

 

その大砲を、籠城して幕府軍と戦うか、素直に開城するか、と
議論している時に、萩原家の兄弟が、幕府軍に高額で売り飛ば
してしまいました。藩士たちは怒りますが、大石内蔵助がなだめ
何事もなく済みました。

 

開城後、十平次は家財を処分して、千両近くのお金を作り、
江戸で生活に困っている同士のために使ったそうです。

 

江戸では、剣の名手だったので剣術道場を開いていました。
討入りの時、大槌で裏門を打ち破り、剣術の腕を奮って戦いました。

 

十平次で有名なのは「俵星玄蕃(げんば)」のエピソードですね。
三波春夫さんが「おう、そば屋かっ!」などのせりふが印象的な
「元禄名槍譜 俵星玄蕃」という歌で歌ってますが、創作だそう。

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