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忠臣蔵BLOG「赤穂八幡宮」

 

「忠臣蔵BLOG」21回目は「赤穂八幡宮」です。

 

大石内蔵助一家が、開城の前から山科へ行くまで仮住まいした
尾崎地区の「おせど」の、すぐ近くにあります。

 

赤穂市の南部一帯と、浅野家の氏神で、内蔵助が奉納した石灯籠や
絵画、理玖さんの化粧箱や、義士の書状など沢山伝わっています。

 

10月に行われる秋祭りは、350年以上の歴史があるそうで、稚児を
肩に乗せた頭人行列や、太鼓の音だけで勇壮に舞う鼻高・獅子舞、
きらびやかな神輿が、御旅所の宝崎神社(ノット)へ向かいます。

 

もしかしたら、浅野内匠頭さんや、内蔵助たちも見てるかもですね。

 

「忠臣蔵・人物紹介」

 

今回は、勝田新左衛門武尭。行年24歳

 

剣の腕前が、あの堀部安兵衛に次ぐと言われています。

 

刃傷事件が起こると、すぐに赤穂で義盟に加わり、開城後は、
江戸急進派と一緒に行動して、吉良邸を探りました。

 

討入りは表門隊で、3人で屋内に入って戦っています。

 

新左衛門には、講談などで有名な話があります。

 

剣術の腕を見込まれ、幕府与力の娘と結婚しますが、刃傷事件が。
娘の父親は娘と子供を引き取り、仇討ちを心待ちにしていましたが、
元禄15年の暮れ、野菜を売っている新左衛門を見かけて、娘と子供
の前で「なんと情けない姿に!」と叱りつけました。

 

そして12月14日の朝、今度は紋付き袴で現れ「他家へ仕官が決まっ
たので、妻と子供を連れて行きたい」と言ったところ「主君の恨みも
晴らさず、腰抜けが!」と喧嘩別れに。

 

次の日、赤穂浪士が吉良邸に討入ったと知った父親は、入っていた
風呂を飛び出し聞いたところ、新左衛門の名前が。

 

孫を連れて、引揚げ途中の義士たちの列に駆けつけ、昨日の事を
詫びて、自慢をしたということです。

 

ちょっと面白くて、いい話ですが、実際は独身だったとか。

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