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忠臣蔵BLOG「赤穂大石神社の大石内蔵助像」

 

「忠臣蔵BLOG」12回目は「赤穂大石神社の大石内蔵助像」です。

 

赤穂大石神社は、祭神が四十七義士と萱野三平、赤穂浅野家の
三代城主と、森家の先祖が合祀されています。

 

この像は「義士木像奉安殿」の向かいにあって、討入り装束は、
よく見ますが、裃姿の像はめずらしいかもですね。

 

神社内には、他にも内蔵助像が何体かあります。

 

「忠臣蔵・人物紹介」

 

今回は、大石内蔵助の長男、大石主税です。

 

「大石主税良金」行年16歳

 

義士の中では最年少で、母親の理玖に似て体格がよく大柄で、
身長が170cmくらいあったそうです。
(逆に、内蔵助は小柄で背が低かったとか)

 

刃傷事件の時は元服前で、開城のため仮住まいの「おせど」に
家族で移り住み、6月の中頃、内蔵助より一足先に、母親と弟
妹たちと、船で大坂へ向かいました。
その後、残務処理を終えた内蔵助と合流、山科へ入っています。

 

元服したのは、その年の12月頃、名前を「主税」と改め、次の年、
7月の終わりに京都で開かれた円山会議から出席しています。

 

もともと内蔵助は、まだ若い主税を義盟に加えるつもりはありま
せんでした、しかし「父上と行動を共にしたい、死ぬことなど
怖くありません!」その覚悟を知って、義盟入りを認めました。

 

10月頃には、内蔵助の代わりに、一足先に仲間と江戸に入り
ました。これは江戸の仲間を安心させるためだったそうです。
その後、内蔵助らと同居して敵情を探りました。

 

討入りでは、吉田忠左衛門を後見に、裏門隊の大将として指揮を
とり、屋敷内から出てくる敵と戦いました。

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