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忠臣蔵BLOG「からくり時計 義士あんどん」

 

「忠臣蔵BLOG」10回目は「からくり時計 義士あんどん」です。

 

「息継ぎ井戸」の隣にあって、9時から20時までの毎正時、
3つの場面で「忠臣蔵」の物語を説明してくれます。

 

ここから南、お城通りの両側に広がっているのが城下町で、
花岳寺や、お成り道も、すぐそこ、ゆっくり、あちこち横道に
入ったりしながら、お城まで歩くのが、おすすめです。

 

「忠臣蔵・人物紹介」

 

今回は、矢頭右衛門七と、吉田沢右衛門です。

 

赤穂義士の中には、美少年、美男子と言われている人が何人か
いますが、その内の2人です。

 

「矢頭右衛門七教兼」行年18歳

 

刃傷事件の時は赤穂にいて、父親と義盟に加わり、大石内蔵助と
共に行動していましたが、父親は「志を継いで仇討ちを」と
言い残して、討入りを目前に亡くなりました。

 

内蔵助は、右衛門七は、まだ17歳だし、母親や幼い妹もいるので、
思いとどまるよう言いましたが、その場で切腹をしようとしたのを
見て、討入りに加わるのを認めました。

 

討入りの時は、父親の戒名をかぶとの裏にいれ、形見の腹巻を
身につけて戦ったそうです。

 

美少年エピソードとしては、義士の中に男の格好をして討入った
女がいる、と評判になったという話や。
泉岳寺で、僧侶に女性と間違えられた、という話があるそうです。

 

「吉田沢右衛門兼貞」行年29歳。

 

父親は、義士の副頭領である、吉田忠左衛門です。

 

沢右衛門には、エピソードが、ほとんど残っていませんが、
色白で、歌舞伎役者に間違われるほど美男子だったのは
間違いないようです。

 

これは創作のようですが、仇討ちで江戸に行く途中、歌舞伎の
女形と間違われて、川越し人足に酒手をねだられ、断ったら
悪口放題。刀を抜きそうになりましたが。大事の前の小事と
なんとか堪え、詫び証文を書いて何事もなくすんだ・・・と。

 

「忠臣蔵」の創作エピソード、詫び証文を書くの多いですね。

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