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忠臣蔵BLOG「大石良雄御手植の櫨(はぜ)」

 

「忠臣蔵BLOG」9回目は「大石良雄御手植の櫨(はぜ)」です。

 

赤穂八幡宮は、赤穂市の南部一帯と、浅野家の氏神でもあった
ので、大石内蔵助や奥さん、義士関連の物が多数伝わっています。

 

この「御手植の櫨」も、その一つで、大石内蔵助良雄の元服祝いに
広島の浅野本家から取り寄せ、千種川の堤に植えていたもので、
堤を改修する時に、その内の1本が記念に移植されました。

 

真っ赤に紅葉したのも綺麗ですが、緑の葉に赤い葉が混じって、
ブドウの房のような実がなった、今の姿もいいですよ。

 

「忠臣蔵・人物紹介」

 

今回は、不破数右衛門正種です。

 

映画などで、ひげ面ワイルドな感じで、赤穂の大石内蔵助の所に
駆けつけてくるイメージがありますね。

 

実際そういう所があったようで、刃傷事件の時には、浅野家から
暇を出されて浪人中でした。その理由は、刀の試し斬りに深夜
死体を掘り出して使ったとか、人を集めて酒を飲み藩政を非難
したとか色々・・・。

 

江戸にいて刃傷事件のことを知り、親友の礒貝十郎左衛門を
通じて、大石内蔵助が最初に江戸に行った時に再開しました。

 

この時「浪人まで仲間に入れられない」と認められませんでし
たが「仲間になれなければ自決する!」とまで言う数右衛門。
浅野内匠頭の墓の前で閉門を解かれ、義盟に加われました。
その後は、内蔵助を信じて忠実に従っています。

 

討入りでは、4~5人の敵を倒す一番の働きをし、着物はズタズタ、
刀も「ササラ」みたいにボロボロになっていたそうです。

 

行年34歳。

 

ちなみに赤穂に駆けつけたのは、数右衛門の父親の方だったとか。

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