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忠臣蔵BLOG「奥藤家」

 

「忠臣蔵BLOG」8回目は「奥藤家」です。

 

慶長6年(1601)に創業した、赤穂で唯一の蔵元です。
浅野家の御用達で、四十七士たちも飲んでいたかも?
この白壁が美しい酒蔵は、300年以上前に建てられた物だそうです。

 

坂越は今、赤穂市が日本遺産「北前船寄港地・船主集落」に認定され
盛り上がっていますが、この奥藤家(おくとうけ)も、江戸時代から
廻船業で船手庄屋を務めて財を成し、酒造だけでなく金融業なども
営んでいて、江戸時代、西国大名の本陣にもなっていました。

 

「忠臣蔵・人物紹介」

 

今回は、神崎与五郎則休です。

 

「忠臣蔵」の中には、堀部安兵衛、赤埴源蔵など「酒飲みキャラ」が
いますが、この人は本当に、お酒が好きだったそうです。

 

四十七士の中で一番の大酒飲みで、つけられたあだ名が
「燗酒よかろう」。これは「かんざきよごろう」をもじってる
みたいですね。

 

討入りのあと、お預けになった水野家でも、怪我の治療に薬湯が出さ
れた時「打ち身には、お酒が効くので」と頼んで認められ、与五郎だけ、
お酒を飲んでいたという話も。

 

与五郎は文武両道の人で、「竹平」という号で赤穂藩の俳諧三羽烏と
言われていました、文才があり赤穂事件に関する有名な資料である
「赤城盟伝」を、同じ義士の前原伊助と書いています。

 

江戸での与五郎は、吉良邸の裏門からすぐの所で店を出していた
前原伊助と商売をし、吉良邸の人たちに近づいて、屋敷の中がどう
なっているか探っています。

 

行年38歳。

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