第20回「尾崎村への道」

akostaff 2017年10月27日

 

赤穂市の忠臣蔵スポットを紹介する「あこう忠臣蔵めぐり」
第20回は「尾崎村への道」です。

 

4月19日、無事に赤穂城を明け渡した、大石内蔵助は、川を渡った
尾崎村の、八幡宮の隣「おせど」に、家族と移り住んでいます。
そして、そこから城下の「遠林寺」に通い残務整理をしました。

 

「遠林寺」は、今のお城通りや、東惣門跡から近い場所にありました。
東惣門を出ると旧熊見川で、短いのと、長いのと、2つの橋が架け
られていました。

 

橋を渡ると、旧熊見川と今の千種川に挟まれた「中村」に入ります。
ここの道は、城下町と同じ様に、敵が攻めて来た時に勢いを抑え、
見通しを悪くする「鍵型街路」になっていました。

 

今も、尾崎側から昔の道を通ってみると、突き当たっては曲がり、
突き当たっては曲がり、の道になっているのが分かります。

 

中村にも惣門があったそうで、その先が今の千種川。
ここから対岸の「尾崎村」まで、橋が架かっていました。
(今の赤穂大橋の、ちょっと上流ですね)

 

写真は、中村の鍵型街路と惣門を抜けて、尾崎村への橋が
架かっていた辺りです(川幅は、もっと狭かったようです)。

コメントをどうぞ