第24回「永応寺」

akostaff 2017年10月31日

 

赤穂市の忠臣蔵スポットを紹介する「あこう忠臣蔵めぐり」
第24回は「永応寺」です。

 

昨日の「遠林寺」「随鴎寺」から、旧熊見川の、ちょうど対岸の
お寺で、すぐ裏手が川岸になっていました。

 

浅野時代に、米5石4斗4升が給付されていて、「忠臣蔵」関連の
物では、浅野内匠頭長矩の遺品として、大石内蔵助が寄進した、
赤穂城・本丸の浅野藩邸にかけられていた喚鐘(小さな鐘)や、
その際の書状などが残されています。

 

この寺は「播磨六坊」のひとつで、延徳2年(1490)の開基。
赤穂浅野家ゆかりの寺というだけあって、正面から門を入ると、
さすがの迫力と風格ですね。

 

尾崎側からも、千種川越しに、永応寺の大屋根が見えるし、
旧熊見川沿いにあったので、高い建物のなかった江戸時代は、
もっと目立つお寺だったんでしょうね。

 

役割としても、北からの街道から城下町に入る場所にあって、
いざ戦の時は「出丸」(城の外に作られた砦)として使う事を
想定していたそうです。

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