Vol.113 見つけて!教えて!イイトコ赤穂! 第41回~45回

web-ouen 2013年10月21日

赤穂専属カメラマンによる、赤穂市内のオススメ、イイトコ!を紹介する
 
「見つけて!教えて!イイトコ赤穂!」
 
今日は、第41回~45回をお届けします。
 
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第41回は、廣度寺です。
大石内蔵助が、おせどから城明け渡しの残務処理に通った城下の遠林寺(おんりんじ)。
お寺は明治14年に廃寺になりましたが、本堂がここ廣度寺(こうどじ)に移築されて残っています。
御崎港から細い路地と坂道を上った所にある寺で見晴らしがよく、御崎の町並みが一望できます。
 
 
 
 
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第42回は、大石良雄御手植乃櫨(はぜ)です。
赤穂八幡宮は、浅野家と赤穂南部一帯の氏神だったこともあり、義士関連の物がたくさん伝えられているのですが、
これもそのひとつ。
大石良雄が元服の時に、広島の浅野家から苗を取寄せて千種川の堤防上に植えた内の1本を、
堤防を改築する時に、ここに移植したものだそうです。
 
 
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第43回は、赤穂港です。
民俗資料館前の道を西へ少し行った所で左折すると古い石造りの橋がかかり、突然視界が開けて工場と
たくさんの船が並んだ、広大な赤穂港が現れます。
船の向こうに見えるのは「日本海水」。
江戸時代から続いた塩田は廃止されましたが、今も赤穂では全国の約70パーセントを製塩しています。
 
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第44回は、旧赤穂上水道モニュメントです。
赤穂上水は、江戸の神田上水、広島の福山上水と並ぶ、
「日本三代上水道」のひとつ。
城下町は、千種川のデルタ地帯で井戸が使えなかったので
千種川の上流(約7km)から水を引いて、元和二年(1616)
に完成、城内や城下の各戸に給水、昭和19年まで使われ
いました。この上水道、今でも灌漑用水などとして使って
いるところがあります。
モニュメントは、この駅前通りの他にも、お城通りや
大手門前の公園にあり、発掘された配水管などが展示
されています。
 
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第45回は、御崎地区から見た赤穂市
御崎灯台の東側辺りからの風景です。
赤穂御崎の旅館街とは違い、御崎港側は山の急な斜面に細い迷路の様な路地が続くので、歩くのは大変ですが、
坂を息を切らせながら上って振り向くと、ウワァ~と、思わず声が出てしまうような景色が広がりますよ。
写真の中央が御崎港で、山際まで続く塩田時代の水尾
(みお)。ここを中心にして、広大な東浜塩田に水尾が張
めぐらされており、塩を積んだ船が行きかっていました。

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